テンダーロインが発表し、木村拓哉さんが着用しその人気が爆発したホースシューリング。
ゴツめのデザインとデザイン性の高さから、今でも多くの方が愛用されています。
しかしそのホースシューが持つ意味、そしてその歴史まではご存じない方も多いのではないしょうか。
今回はホースシュー(馬蹄)がなぜこんなにも愛されているのか、その理由をさまざまな観点からお伝えしていきたいと思います。
人は馬に乗ることで広大な土地をより短時間で移動できるようになりました。
しかし移動に はさまざまな地形への対応が求められます。
険しい岩場もあれば足をとられる砂地、深い森の中を進んでいくこともあります。
そこで考え出されたのがほかの動物に乗り、移動速度をあげることだったのです。
しかし野生の馬と家畜の馬では、生育環境に大きな違いがありました。
それにより、家畜の馬のひづめは弱く傷つきやすくなっていたのです。
それを防ぐために開発されたのが、ホースシュー(馬蹄)ということなのです。
野生の馬は自ら栄養を摂取しているため、耐久力のある健康なひづめを持っていることが多かったのですが、
栄養価の低い餌ばかりを与え られていた家畜の馬のひづめは、耐久力も低く傷つきやすくなっていました。
また、野生の馬は様々な地形を歩いているため、蹄も磨耗したり傷ついたりを繰り返しながら次第に固く頑丈になっていきます。
しかし家畜の馬は、限られた環境でのみしか歩かないため固く頑丈になりづらいという状況にありました。
このような違いから、家畜の馬を移動や貨物の運搬に使うとひづめはどんどん痛み、歩みも遅くなってしまいました。
広い土地を移動する際に、歩みが遅くなることは移動の危険性を急激に高めます。それは捕食者が存在するためです。
痛めた足で移動する動物は、捕食者たちにとっては格好の餌食となります。
そのため、人々は馬を家畜化すると同時に、その足を保護することを考え出しました。
それが、馬蹄(蹄鉄)であったのです。
ホースシューの歴史は古く、1世紀の古代ローマ時代には人間の履くサンダルにヒントを得て、
『hipposandale(ヒッポサンダル)』が開発されました。それは皮と金属で作られており、
皮のストラップで蹄にフィットするように作られました。これにより、家畜用の馬の蹄の耐久性は飛躍的に向上したのです。
また、本来馬という種族は乾燥した地帯に住んでいたと考えられており、それがヨーロッパ北部のような多湿帯に行くと柔らかい粘土のような土地が、多孔質の馬の蹄を柔らかくし、それが結果的に馬の蹄を弱く傷つきやすくしていました。
このような湿った環境では、移動だけでなく農業や輸送にも使用される馬を十分に利用することができなくなります。そのため、当時の騎士を含む人間たちは6世紀から7世紀にかけて、馬の足に金属製の馬蹄を釘で打ち付けて固定することを始めました。
これが現在の馬蹄の原点となりました。
最初に馬蹄を釘で打ち付けるという手法を考案した人が誰であるか、現在でも明らかにはなっていません。しかしその効率の良さから、10世紀の終わりから11世紀初めにはヨーロッパでも主流の手法となっていきました。
その頃のホースシューは軽い銅から作られており、打ち付ける釘のために6つの穴が空いていました。その後改善は進み、釘のための穴は8つになり重さも増していったのです。
イングランドでは、コインのみならず馬蹄も鉄から作られるようになりました。
しかし、ホースシューは時に貨幣よりも価値があったのです。
なんと12世紀の十字軍の時代には、税金を支払う際に貨幣の代わりに馬蹄が受け入れられていました。それは、聖戦のために非常に多くの馬蹄が必要であったためとも言われています。
お祝いの行事では、パレードの直前に銀で作られた馬蹄を馬の蹄に軽く装着させ、それを見つけた人にその賞として与える宝探しが催されたりもしました。
そのようして、ホースシューは悪魔や不幸を自分達から遠ざけるためのお守りとして、保管されるようになっていったのです。
13世紀から14世紀にかけて、より一層の技術革新が進んだことで、馬蹄の大量生産が可能となりました。それにより、人々は既製品としてのホースシューを購入することが可能になったのです。
また、この頃貿易・旅行・戦争でよく利用されるようになった冷血種の馬の大きな足に合わせて、
より広く長い馬蹄が作られました。
16世紀には馬蹄の製造方法がイギリスとフランスで一般的に広まり、さらに1751年にはイギリスで『No Foot, No Horse』と題された本が書かれ、馬に合った適切なホースシューの重要性が説かれました。
このようにして、馬蹄は大きく広まっていくことになっていくのです。
1800年には初めて大規模なホースシューの鋳造機械が導入されました。1861年から始まったアメリカの南北戦争では、馬蹄鍛造機を多く保有していた北部軍が南部軍を圧倒するなど、馬蹄の存在は戦局をも大きく左右する影響力を持っていたことがわかります。
カンザス州のフォートライリーのシューズアカデミーでは、短期間の職人養成コースを開設するなど、国家の職人増強に大きく貢献しました。
また、1822年にはJourneymen Horseshoers National Unionが設立されるなど、職人の数はどんどん増えていきました。
幕張のディズニーランドでは西武開拓時代のレストランとして、ザ・ダイヤモンドホースシューと呼ばれるレストランが置かれています。
レストラン内では、食事を楽しみながらのショーも見ることができ、ディズニー/ピクサー映画として大ヒットした映画『トイストーリー』に登場したキャラクターたちのショーを楽しむことができます。
ちなみにこのショーのタイトルも『ホースシュー ラウンドアップ』とされ、ホースシューが西武開拓時代に非常に重要な役割を果たしていたことが窺えます。
現在では自動車や飛行機などの移動手段の発達により、馬に乗っての移動や運搬はほとんど少なくなりましたが、馬による移動・運搬やその深い歴史は、ホースシューが愛される限り忘れ去られることはないでしょう。
古材と組み合わせて制作された小物棚は、ヴィンテージのホースシューを贅沢に2つ使用。一つ一つハンドペイントで仕上げられた古材の上に、存在感抜群のホースシューが溢れる”本物”感を演出してくれます。
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またホースシューを馬の蹄に固定するために打ち付ける釘も、実際に使用されていたヴィンテージの釘のみを使用し、キーホルダー掛けを制作しております。玄関に置いていただければ一気にアメリカンな雰囲気を醸し出してくれます。
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新品の馬の蹄用の釘から、指輪も制作しております。珍しい鉄でできたジュエリーとして、その鈍い輝きが古着スタイルのファッションやアメカジにも違和感なくマッチします。
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本物の材料から本物の作品を、カントリージェントルマンはモノに込められたストーリーを大切に、日々制作に励んでいます。
(参考:https://dressagetoday.com/uncategorized/history-of-horseshoes-17802)
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