カントリージェントルマンではヴィンテージの銀食器からリングやブレスレット、ネックレスをリメイクし、作品を制作しています。
もちろん新品のカトラリーからリメイクすることも可能ですが、あえてヴィンテージつまり年代物の、時を経てたどり着いた銀食器から作品を生み出すことをポリシーとしています。
その理由は、リングやブレスレットを身に着けると同時にその銀食器が生まれた時代や経た時間も共に身に着けることにこそ価値があると考えているからです。
新しく傷のないきれいなリングを身に着けることは、私たちにとって簡単なことです。もちろんさまざまなデザインや美しい装飾が施されたリングは、とても魅力的に思えます。
しかし私は、身に着けるものにはストーリーがあってほしい。手のひらの上に乗せればただの小さな物体であるリングも、ヴィンテージであればあるほどその背景には手のひらに乗せきれないほどの広がりがあることを感じられます。
カントリージェントルマンの作品には、どんな背景があるのか。人気の作品であるWallace のVintage Spoonから制作した、Grand Baroqueのヴィンテージスプーンリングを例にとり、ヴィンテージの銀食器がもつ歴史を少しお話させていただきたいと思います。
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Wallaceとは
おそらくほとんどの方はこのWallace Silversmithというブランドについてはご存知ないのではないかと思われますが、世界的にはかなり名の知られた銀食器の老舗ブランドです。
Wallace Silversmiths(ウォレス・シルバースミス)は、1835年に設立されました。
創業者は1815年11月13日にアメリカはコネチカット州プロスペクトで生まれたRobert Wallace(ロバート・ウォレス)です。
彼らはその卓越したデザイン力と作品の質の高さから、さまざまなブランドの銀食器の制作を依頼されるほどでした。
このブランドの人気を決定づけたのが、優れたデザイナーであったWilliam S. Warren氏によってデザインされた、伝説的なシリーズThird Dimension Beauty Collectionで発表された、6つのパターンでした。
そのうちの一つが、世界的な人気を博したこのGrand Baroqueと呼ばれるデザインだったのでした。
Grand Baroqueのデザイン
では、この非常に細やかな彫刻が印象的なGrand Baroqueのデザインからどんな背景を読み解くことができるのでしょうか。
時は100年ほどさかのぼります。19世紀はじめから20世紀はじめまで、ヨーロッパを中心に広がっていった芸術活動に「アール・ヌーボー」と呼ばれるものがありました。
アールヌーボーは簡単に言えば、曲線的かつ花や植物などのいわゆる有機物をモチーフとした華美なデザインであり、貴族に非常に好まれるような豪華なものでした。
そもそもアールヌーボーは、18世紀に始まった産業革命による大量生産品の品質が低いものに対するカウンターカルチャーのようなもので、工場で大量に生産されるものに嫌気が差した人々が、職人の手を借りて高品質な作品を好むようになったことから生まれた流れであると考えられています。
しかし”流れ”というものは常に変化するものです。
アールヌーボーは一時は非常に流行し、多くの傑作を生み出しました。ですが曲線や有機物をモチーフにした複雑で華美なデザインから、徐々に人々の関心は薄れさらには退廃的なデザインであると避けられるようになったのです。
また、第一次世界大戦(1914年7月28日から1918年11月11日)が起こったこともアールヌーボーの衰退に拍車をかけます。大量の人材・資材が失われたこの時代において、職人による手間と時間がかかる芸術・製品は、次第に立ち行かなくなっていったのです。
それまでの曲線と有機物を組み合わせた複雑で華美なデザインに対抗するように、アールデコは正反対の流れとなりました。アールデコを誤解を恐れず簡単に表現するとすれば、幾何学的でシンプル。この一言に尽きます。
直線的かつシンプルなデザインは、それまで一部の特権階級のみに愛されていたアールヌーボーとは異なり、一般階級の人々に諸手を挙げて受け入れられていきます。
ちなみに、世界的に有名な伝説の建築士フランク・ロイド・ライトの作品にも、アールデコの影響をそこかしこに感じ取ることができます。
アールデコとアール・ヌーヴォー
さて、ここでスプーンに話を戻します。
こちらのGrand Baroqueが発表されたのは、1941年のことでした。
1941年といえば、アールデコの勢いが衰え人々が新たな潮流を見定めようとしていた時のことでした。
時代は繰り返されるものであり、曲線的なものは直線的・無機物なものへ、そしてまた曲線美・有機物の美しさを、人は求めるのではないか。デザイナーであったWilliam S. Warrenはそのようなことを考えていたのかもしれません。
シンプルなものから、また別のものへと人の美の価値観が移り変わろうとしていることをいち早く感じ取り、彼はこのように有機的で曲線的なデザインを発表したのではないかと思われます。
アールデコの後を引き継いで生み出される潮流はすぐにこの作品を捉えることはなかったものの、1960年代に入るとアール・ヌーヴォーがリバイバルとして人気を博すことになります。
彼がその潮流を見越した上でこのデザインを発表したのかどうかは不明ですが、これまでにないほどに三次元的で、美しい彫刻が施されたこのデザインは、
Wallaceの高い彫刻技術、そしてその制作能力の質の高さを世界に知らしめる結果となりました。
自らが美しいと感じるものを、恐れることなく大胆に世界へと打ち出していく彼の姿勢からは、現代の我々にも学びうるものが何かあるのではないかと感じさせてくれます。
カントリージェントルマンのスプーンリング
身に着ければたった指一本分に収まるリング。しかしヴィンテージの銀食器という要素を内包したそのリングには、その時代に生きた人々の想いや歴史が色濃く反映されています。
新しくキズもないリングも素敵ですが、私はヴィンテージリメイクリングのキズ一つ一つのその奥に、目には見えない壮大な景色を感じています。
多様なものが日々生み出され、それがすさまじい勢いで消費され忘れ去られていく現代で、私は時を経ても変わらない、ブレない作品を作り出すことこそ、田舎に住むカントリージェントルマンがなすべきことであると考えます。
身に着けてデザインを楽しむと同時に、その中に秘められた歴史を感じられる作品を、これからも作り続けていきます。
※ヴィンテージリングはこちらからご覧いただけます。